公開から日にちが経っているので空いているかと思いきや、意外にも団塊の世代の方と思しき方たちで結構観客は多かった。
やはり原作本とは違うって感じがした。違いを一番感じたのは、主人公以外の登場人物を映画では幾人かを組み合わせて描いているように思えた(検証していないが)。まあこれは長編小説を時間の制約がある映画で表現するには仕方のない手法だったのだろう。それと多方面から問題視されている作品なので、モデルとされる登場人物の個人名を多少なりとも特定しづらくする狙いがあったのかなと、勝手に推測した。
ともあれ3時間半余りの長い作品だったが、その長さを感じることもなく単行本とは違う、映画ならではの迫力や感動を充分に堪能できた。
この作品は途中10分間のインターミッション(休憩)が設定されていて、それを利用してトイレなどに席を立つ人も多かった。わたしはその間後半に備え、軽く体操をと思い首を回した。その目の先に飛び込んだのが、繰り返しアナウンスで「場内にペットボトルやジュースの缶などの持ち込みはしないようおねがいします」と言われたのを無視して、ペットボトルを口にしているおじさん、おばさん達だった。「近頃の若い者は・・・」の常套句は、最近は「近頃のいい歳をしたじじばばは・・・」に取って代わられている。上映前には、隣に陣取った熟年夫婦が奥さんが大きな袋から次々に取り出すスナック菓子をめぐって喧嘩をしてた。これくらいの年配の人たちは、駐車場でのマナーも最低だ。車椅子使用者優先スペースに健常者が停めていることは多々あるが、大方はこれくらいの年配者。他のスペースが空いていても、周りを一瞥することもなく一直線に車椅子優先スペースに入ってくるのだ。そして何の躊躇もなく停める。
この人たちはどのような思いで映画を鑑賞したのだろうか・・・。
JALの再建問題が大きな問題になっているこの時期の公開は実にタイムリー。経営の失敗や不正、それに不採算路線や空港建設に国民の税金を湯水の如く注ぎ込んだ不合理な航空行政によって慢性的赤字体質を作り出しながら、また反省なきままに「ナショナルフラッグ」の日航は潰せないと云う理由で、国民の税金が注ぎ込まれようとしている・・・。
この問題で悩ましいのは、経営悪化が安全面に影響する可能性が高いことだ。勿論JAL123便の事故以来、現場は安全第一を骨身に沁みて思っているに違いないのだろうが・・・政府が進めている救済策で本当にJALが安全で健全な航空会社になれるとは思えない。
日航問題は日本の航空行政を根本から見直さなければ、今回救済してもまた同じような問題が繰り返されることになる可能性は高いと思わずにはいられない。
「ナショナルフラッグ」は本当に必要なのか?必要なら幾つ必要なのか?日本の航空会社が本当に国際競争していくことに意義があるのか?そこから見直す必要があるのではないのかなぁ。日航のナショナルフラッグとしての役目は終わっているような気がするのだが・・・どうなのだろう。
でわ。
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迂回して九州道を再び利用する車両に対しては、いったん降りる料金所で「乗り継ぎ証明書」を配布し、最終目的地で両IC間の通行料(200−300円)を差し引くという。






