2009年11月15日

紅葉狩りに湯布院へ

オバマ大統領の訪日、必殺仕分け人やらの話題。そして34歳・35歳の女、整形逃亡、島根女子大生事件などなどワイドショー番組が好む格好の事件が相次いでいる昨今。そんな世間の雑踏から逃れ、大分県湯布院に紅葉狩りに出かけた。(紹介するのが写真の整理などで、少々遅れたが・・・)
ゆふいん散策マップ.jpg
湯布院は数回訪れているが、町並みや名所の観光をしたことがなかったので、今回はネットでマップを事前に手に入れ、それを手掛かりに「湯の坪街道」を中心に散策してみた。

どんぐりの森.jpg
由布院湯の坪街道沿いにある「どんぐりの森」
店の前に飾られているトトロのキャラクターに釣られて店内を覗く。落ち着いた雰囲気の店内はトトロ・猫バス・まっくろくろすけ・ジジなど宮崎アニメのキャラクターたちが勢ぞろい。思わず可愛らしいグッズの中から、孫のお土産にと1つを選び購入。まだ孫に会う機会がないので渡していないが・・・よろこぶかな?
待てよ、クリスマスも近いことだしラッピングを変え、クリスマスプレゼントにすれば出費を軽減できるなぁなどと、ケチな了見が頭をよぎる・・・このチンケな思考なんとかならんかいな。ヤダヤダ(笑)。

湯の坪「食べ物」.jpg
「湯の坪街道」にはたくさんの店が軒を連ねているが、ほとんどが食べ物屋さん。その中で目に留まったのが「金賞コロッケ」ののぼり。「全国コロッケコンクール」ってのがあるらしく、その第1回大会で金賞に輝き、その様子がNHKから全国放送されブレイクしたようだ。考えてみれば、朝から途中のSAで「かしわおむすび」を1個食べただけなので、お腹ペコペコ。思わず財布に手が伸びたが、いい歳をしたおっさんが歩きながら食べるのもなんなので、帰りに購入することにした。
次に目に付いたのは「ごぼうせんべい」と「焼きにんにく玉」。試食品があったので欠片を頂く。「ごぼうせんべい」は少し塩気が強いけどごぼうの香りがして美味しい。しかし購入するほどのモノではないと判断。「焼きにんにく玉」は量の割には高かったが、結構気に入ったので小ぶりな入れ物のヤツを購入し街道を先に進む。
湯の坪横丁に「茶房 湯の坪庵」ってのがあったので、コーヒーでも頂こうと近づいたら運悪く休み・・・残念。
その店の前に「なな蔵」と云う浅漬け専門店があって、漬物に目のないわたしは迷わず探検。美味そうな 漬物が並んでいた。それぞれの漬物に試食品があったので、先ず「わさび茄子」を備え付けの箸で頂く。ワォーこれは絶品!買う価値アリアリで早速1袋キープ。次は「オクラわさび」を試食。ウヮ〜ッ!今まで食べたことのない触感と香りに絶句。これも1袋キープ。
「かぼちゃ君・山いもキムチ・豆腐の味噌漬け」などなど買って帰りたい漬物がたくさんあったが、店の方に『日持ちしない』と聞かされ泣く泣く断念。次回はマイ箸と白ご飯持参で再度立ち寄りたい店。

湯の坪街道.jpg
街道探索に少し疲れたので、湯布院「ガラスの森」の前のベンチで一休みして金鱗湖に向かった。

kinrinko.jpg
金鱗湖近くの「旅館 亀の井別荘」付近の紅葉。
勿論こんな高級な宿がわたしの宿泊先ではない。付近の紅葉散策を楽しんだだ〜け。

露天風呂からの由布岳.jpg
今回の旅の宿に選んだ部屋付きの露天風呂から眺めた「由布岳」と「露天風呂」。
帰りに買うつもりだった「金賞コロッケ」を買い忘れ、お腹ペコペコのまま早目にチェックイン。一通り部屋の設備を説明された。驚いたのは室内露天風呂に設置されたシャッターだ。弧を描いて並べられた柵だけでも充分目隠しにはなるが、さらに高級住宅に付けられるような網目の電動シャッターが降りてきて、その網目も完全にふさがれてしまうのだ。思わず『おぉすごい!』と声をだしてしまった。説明する支配人も『どうだぁ?』みたいな表情を浮かべた。だけど、話しの途中でハエが『ブーン』と数匹飛び・・・すぐ近くで牛の鳴き声も聞こえる(近くに牛舎があるようだ)。湯布院で、露天風呂付きの部屋でこの手ごろな値段では、これくらいはまぁしょうがないか。ちなみに目隠しシャッターは必要ないので使用しなかった。(見えるならどうぞってな感じ)
設定された夕食時間帯の一番早い時間を指定し、待望の温泉に飛び込む『あぁごくらく、ごくらく』。
この宿は貸切露天風呂近くにビールサーバーが設置されていて、食事中以外は飲み放題。普段はほとんどビールを飲まないのだが、風呂上りにキューと一杯飲み干した。久しぶりのビールはすこぶる美味かった!
食事は、豊後牛やら山女やら、鱧のお造りもあってなかなか美味しかったのだが、一番美味しかったのは最後の風呂の後に食べた、残したご飯をおむすびにしてもらったヤツ。なんだかなぁ・・・
寝るまでに貸切露天風呂を含め計5回も風呂に入ったらさすがに疲れた。寝床に入って、不図部屋の隅を見たら、ハエタタキが置いてあった。『もう、ハエと格闘する元気は残ってない』とバタンキュ〜!

瀬の本高原.jpg
翌日は、やまなみハイウェー経由で阿蘇に向かい、大観望から阿蘇山を眺める予定にしていたが、なにやら視界が悪くなり、きれいな阿蘇山が望めないと判断し、瀬の本高原から小国に抜け、日田から高速に乗り帰途に着いた。
チッと紅葉狩りは早かったが、充分に深まり行く秋の「湯布院とやまなみハイウェー」を満喫できた旅だった。
何よりも風呂の中から湯布院名物「朝霧」を見られたのは、ラッキーだった。この旅で寿命が2.5日延びたような気がする。
でわ。
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2009年11月10日

久しぶりの映画鑑賞「沈まぬ太陽」

公開初日から2日目の10月26日に観に行くつもりだったけど混み合っていそうなので取り止め、延び延びにしていた映画「沈まぬ太陽」を昨日観てきた。同名の原作本5冊の長編小説を約3時間半で、どのように描いているのかと興味津々で劇場に足を運んだ。
公開から日にちが経っているので空いているかと思いきや、意外にも団塊の世代の方と思しき方たちで結構観客は多かった。
やはり原作本とは違うって感じがした。違いを一番感じたのは、主人公以外の登場人物を映画では幾人かを組み合わせて描いているように思えた(検証していないが)。まあこれは長編小説を時間の制約がある映画で表現するには仕方のない手法だったのだろう。それと多方面から問題視されている作品なので、モデルとされる登場人物の個人名を多少なりとも特定しづらくする狙いがあったのかなと、勝手に推測した。
ともあれ3時間半余りの長い作品だったが、その長さを感じることもなく単行本とは違う、映画ならではの迫力や感動を充分に堪能できた。
この作品は途中10分間のインターミッション(休憩)が設定されていて、それを利用してトイレなどに席を立つ人も多かった。わたしはその間後半に備え、軽く体操をと思い首を回した。その目の先に飛び込んだのが、繰り返しアナウンスで「場内にペットボトルやジュースの缶などの持ち込みはしないようおねがいします」と言われたのを無視して、ペットボトルを口にしているおじさん、おばさん達だった。「近頃の若い者は・・・」の常套句は、最近は「近頃のいい歳をしたじじばばは・・・」に取って代わられている。上映前には、隣に陣取った熟年夫婦の奥さんが大きな袋から次々に取り出すスナック菓子をめぐって喧嘩をしてた。これくらいの年配の人たちは、駐車場でのマナーも最低だ。車椅子使用者優先スペースに健常者が停めていることは多々あるが、大方はこれくらいの年配者。他のスペースが空いていても、周りを一瞥することもなく一直線に車椅子優先スペースに入ってくるのだ。そして何の躊躇もなく停める。
この人たちはどのような思いでこの映画を鑑賞したのだろうか・・・。


JALの再建問題が大きな問題になっているこの時期の公開は実にタイムリー。経営の失敗や不正、それに不採算路線や空港建設に国民の税金を湯水の如く注ぎ込んだ不合理な航空行政によって慢性的赤字体質を作り出しながら、また反省なきままに「ナショナルフラッグ」の日航は潰せないと云う理由で、国民の税金が注ぎ込まれようとしている・・・。
この問題で悩ましいのは、経営悪化が安全面に影響する可能性が高いことだ。勿論JAL123便の事故以来、現場は安全第一を骨身に沁みて思っているに違いないのだろうが・・・政府が進めている救済策で本当にJALが安全で健全な航空会社になれるとは思えない。
日航問題は日本の航空行政を根本から見直さなければ、今回救済してもまた同じような問題が繰り返されることになる可能性は高いと思わずにはいられない。
「ナショナルフラッグ」は本当に必要なのか?必要なら幾つ必要なのか?日本の航空会社が本当に国際競争していくことに意義があるのか?そこから見直す必要があるのではないのかなぁ。日航のナショナルフラッグとしての役目は終わっているような気がするのだが・・・どうなのだろう。
でわ。
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2009年10月18日

悲しみは言葉にならない


追憶 加藤和彦とフォークル(前編)
追憶 加藤和彦とフォークル(後編)

戦争と平和

戦争と平和

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Dreamusic
  • 発売日: 2002/10/30
  • メディア: CD


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2009年09月17日

あれ・・・そうなの

民主党政権が昨日発足し、その新閣僚の会見は深夜に及んだ。こんなに遅い時間の新閣僚の会見って記憶にないが・・・まぁそれはいい。
官僚が作ったペーパーを棒読みするだけだった自・公政権の閣僚に比べると、おおかたの大臣は自分の言葉で決意を述べているように思え、それなりに新鮮味を覚えた。(全閣僚の会見はココで見れます)
進行役が何度も『時間がだいぶ遅れて深夜に及んでいますので、質問はこの一問と限ります』と何度も言っているのにもかかわらず、相変わらずつまらない質問を繰り返す記者連中・・・あげくの果て『官僚の会見禁止は国民の知る権利をはばむのでは』との質問。これには呆れてしまった。今まで「国民」の知る権利を口実にし、官僚との馴れ合いで情報を得ていた記者クラブ所属の記者が「官僚の会見禁止」は困ると、言っているに等しいと思えたのでね。

この会見は溢れんばかりの取材陣がいたし、政権に就く前に鳩山氏や小沢氏が政権交代後は会見をオープンにすると約束していたので、てっきり「記者クラブ」は廃止になりオープンな会見かと思っていたら・・・。


6/6まであるので、全部を見るには時間がかかるけど、のりピー報道よりは面白いと思う。
約10分のダイジェスト版もあるようだ。

民主党はクロスオーナーシップ(参考)を見直すと言っていたのはウソなのか?
関連したこんな記事もあった。
鳩山内閣早くも公約違反?隠れた官僚支配の温床壊せず
民主党の鳩山由紀夫代表は、記者でごった返す狭い民主党本部に設けられた「ついたて」前の会見から、ようやく開放された。
鳩山代表は16日、首班指名選挙で選任され、第93代、60人目の首相となった。直ちに首相官邸に入り、組閣作業に着手。午後6時から首相として、そして官邸で、初めての記者会見に臨んだ。
政権交代という積年の夢を果たし、官邸に「入城」し、首相として会見を行った鳩山代表は、会見場のエンジ色のカーテンを背に、こう第一声を発した。
「総理に選出をいただいた瞬間に、日本の歴史が変わるという、身震いするような感激を感じ、一方では大変重い責任を負った。この国を本当の意味での国民主権の世の中に変えていかなければならない。そのためには、いわゆる脱官僚依存の政治というものを今こそ世の中に問うて、そしてそれを実践していかなければなりません」
国民の期待を背負った鳩山首相、民主党政権は今後、「脱官僚」を旗印に、霞が関にメスを入れ、大なたを振るう。
しかし、早くもこの記念すべき就任会見自体が「官僚支配の象徴」であり、「公約違反だ」と指摘する声が上がっている。全文
(2009年9月17日 日経ビジネスオンライン)
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2009年09月16日

報道が招く医療現場の混乱

鳩山政権発足。防衛大臣が北澤俊美氏で長妻昭氏が厚生大臣ですか・・・その話しはまぁいいや。
新型インフル「陰性証明」求め無用受診殺到
新型インフルエンザの流行が広がる中、「感染していない」証明のために簡易検査を求める人の受診が相次ぎ、医療現場で混乱を招いている。
幼稚園や保育園、学校、会社などが、感染の拡大を恐れ、検査を受けるよう求めるためとみられるが、医師らは「少しの発熱で受診して、医療機関で逆に感染したり、重症者の治療が遅れたりする危険もある」として、無用な検査受診をしないよう訴えている。全文
(2009年9月15日 読売新聞)
マスコミがこれだけ騒いでいるのだから、知識のない庶民が過剰反応するのは当然なのかも知れないが・・・でも「発熱もしていない正常な人」に、足りないと言われている診断キットを使うことになるワケですね。
病人がたくさん居る中で、病気でない人が「病気でない証明」をしろと要求して、足りない診断キットや時間も労力も消費する・・・なんともバカバカしい話し。
それもこれも春先の政府の対応に原因がある。政府は「水際対策」を強調し、不安をしずめるのが政府の仕事であるにもかかわらず、かえって不安を煽るような姿勢であった。その上、優先順位を誤り、感染拡大阻止対策が疎かになり、各地で感染が広がりパニックに陥った。
また報道機関は感染の疑いがあるだけで、まるで「魔女狩り」(犯人探し)のような取材合戦を繰り広げた。この報道を見ていた会社や学校などが過剰に反応するのは無理もない話しだ。こんないい加減な報道をしているメディアは猛反省すべきだ。こんなメディアの核心をつかない素人的報道姿勢では、本当に危機な情報が流れたときに視聴者はオオカミ少年の情報をきかなくなるのではないのか。

先日、娘からメールが送られてきた。
――幼稚園の先生が「豚インフルエンザ」にかかったので、1〜2日休みになる。お父さんも気を付けてね。――
――パニックになっている状況でインフルエンザにかかるより、医療資源が消費されていない早い段階で新型(豚)インフルエンザにかかって、免疫をつけて置く方がいいのかも知れないよ。――と、返信した。

インフルエンザには、季節性インフルエンザA・季節性インフルエンザBそれに新型(豚)インフルエンザがあるそうだが、その全部にかかる可能性もあるってこと?ワクチンも3種類のワクチンを打たないといけないワケ?
インフルエンザのトリプルってのも嫌だな〜ぁ。
ちなみに私はインフルエンザワクチンを打ったことがない。インフルエンザにかかったことがあるのか、ないのかも分からない。なぜなら、発熱・咳・鼻水の症状が出ても熱い風呂に入り、卵酒を飲んで寝ていれば、たいがいは1〜2日で治る。なので病院には行ったことがない。それゆえ発熱や咳の原因がインフルエンザだったのか、俗に云う風邪なのか分からずじまい。
したがって日本中が大騒ぎしているようだが、私はよく食べよく寝て、出来るダケ人ごみを避けて、うがい・手洗いなどを頻繁に行い、清潔を保つなど通常のインフルエンザ同様に対応するだけ。
パニック的なインフルエンザ報道に煽られると、医療現場の混乱を招き死者を増やすことになる。もちろんインフルエンザは伝染病だし、重症化する症例があるのだから甘く見ちゃいけないけどね。
でわ。
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2009年09月07日

浴衣姿

昨日あたりから、福岡の朝晩はめっきり秋めいてきた。
昨夜、風呂に入っていたら、窓の外から「リンリン リンリン リーンリン」と、鈴虫の鳴き声が聞こえた。鈴虫は羽を左右に細かく震わせ、羽と羽を擦り合わせて音を出すらしいので、「鳴き声」は正しくないのかも知れない?が「鈴虫の音」じゃ風情がない。なので「鳴き声」のまんま。
今年の夏は、あまり気温が上がらず「夏物商品が売れない」と、ローカルニュースで言っていたような気がする。個人的(歳を取り暑さに弱くなる)には「暑い夏」って感じがした。何はともあれ今年の夏もなんとか無事に過ごせそうだ。なんってことを、お湯がたっぷりと張られた浴槽に身を浸けながら、鈴虫の鳴き声を聞きながら考えていた。入浴剤がいつもと違う「旅の宿 別府」だったことも手伝ったのか、気が付いたら
♪浴衣のきみは 花尾の簪
 熱燗徳利の首 つまんで
 もういっぱい いかがなんて
 みょうに 色っぽいね♪
なんって吉田拓郎の「旅の宿」を口ずさんでいた。


女性の浴衣姿は普段より間違いなく2倍、いやいや3倍は可愛く見える。
あの髪をアップした「うなじ」が・・・なんとも魅力的だし、あのヒップラインに男はドキドキする。それとカランコロンと響く下駄の音も、何とも云えない雰囲気を醸し出し、女性をより素敵にグレードアップする。
昔は夏になると、銭湯帰りや縁台に腰掛け西瓜を夢中でほおばる、浴衣姿の女性を日常的に見かけた。こども心にも『ワ〜ッ可愛いッ!』と、見蕩れたこと、しばしば。
最近の女性も花火見物の時には浴衣を着るんですね。でもね、周りがみな同じ浴衣姿じゃ魅力も半減。
下駄の音も大勢で歩くと「カランコロン」じゃなく「カンラカラカラ カンラカラカラ」と、忍術使い(古ッ)の親分の高笑いみたいに聞こえ、うるさいだけであれはダメ。
浴衣と云えば「団扇」が付き物。昔の団扇は細く削った竹の骨に、紙・絹などを張り、形も円形や角形などさまざまあったが、今の団扇は宣伝用に作られたプラスチック製がほとんど・・・扇いでも涼しさを感じないのは私だけ?団扇の絵柄や素材、それに扇ぐ仕草で、浴衣姿がより魅力的になる。
中には誰とは言えないが・・・油紙が張られ、筆で「達磨」が描かれた団扇がお似合いじゃん。と、思える姿で『暑ッ〜』バタバタと扇ぐ姿を見たような、、、きのせい?
でわ。
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2009年08月31日

乾杯

10年間に亘り自民党と連立を組み、行った悪行の数々に天罰が下った。

公明党の「顔役」3人が一挙に国会から姿を消す!

けっけっけ。笑いが止まりませんよ。
公明北側幹事長が落選 民主新人に惜敗(大阪16区)
7選を目指した公明党の北側一雄幹事長は大阪16区で、元大阪府議の民主党新人森山浩行氏に敗れ、落選した。
北側氏は比例との重複立候補を辞退、自ら退路を断った上で企業や団体回りを中心とした組織戦を展開。支持母体の創価学会もフル回転し猛烈に追い上げたが、若さをアピールし、無党派層を取り込んで支持を広げていった森山氏をとらえられなかった。
(共同通信)
公明党の北側一雄幹事長、落選。
田中康夫氏が大逆転 冬柴王国崩した(兵庫8区)
◆総選挙投開票(30日) 難攻不落の牙城に風穴を開けた。新党日本・田中康夫氏(53)が、兵庫8区で中選挙区時代の1986年から7期、23年にわたって当選してきた公明党・冬柴鉄三氏を撃破した。当選確実が出た直後の会見で「人情味、正義感の街、尼崎の皆様と長いモノに巻かれない勇気を持って、本物の日本の改国を!」と声を張り上げ、クラッカーを鳴らした。
(スポーツ報知)
もしかしたら、田中康夫氏なら、冬鐡おっちゃんをギャフンと言わすことが出来るかも、と思っていたが、お見事!お見事!
太田公明党代表落選 青木氏に敗れる(東京12区)
東京12区で青木愛氏(民元)に当選。太田昭宏公明党代表(公前)らを破った。太田氏は重複立候補をしておらず、涙をのんだ。公明の最重点区で自民は候補を立てず、公明を支援していた。民主は小沢一郎代表代行のくら替え説も一時流れたが、青木氏を擁立していた。
(毎日新聞)
ウォーッ本当かよ・・・創価学会で青年部長を長年務め、王者さま直系のバリバリ創価太田昭宏代表が落選。イヤイヤ予想(願望)を遙かに超えた公明党の凋落ぶりに、飛んで飛んで飛んで回って回って回って跳ね跳んだ。この日を何年待ったことやら・・・長かった。昨夜は別なことでも興奮したので、なかなか寝付けなかった。

公明党は小選挙区に立てた候補8人すべてが落選し全滅でした。そもそも公明党が小選挙区で議席を得ていたこと自体が異常だった。これでやっと正常な状態になったと言える。
太田代表、北側幹事長は、敗北の責任をとって辞任する意向を表明したそうだが、いかんざきの再登板と100年安心のモミアゲ坂口のおっさんはないし、次の代表は井上義久副代表の昇格か?それとも山口那津男?まさか浜よつっあん・・・ご勘弁 モバQモバQモバQ

婦人部のおばちゃんたち、色々とご苦労だったね。選挙活動で「功徳」あった?落選した太田さんは『いかなる状況のもとでも勝ち抜ける強靱(きょうじん)な党の建設に向けて、さらに精進を重ねる』との声明を出したそうだから、今まで以上に「勝て勝て勝ちまくれ!」と、ケツを叩かれることになりますね。
投票率が上がると、おばちゃんたちの苦労も一瞬で吹き飛ぶ。それくらいの価値しかないことなんだよね。
そんなことに貴重な時間を費やし「功徳」(ご利益)を願い選挙活動に明け暮れるよりも、その時間を仏法の勉強(宗教本来の姿)にあてた方が、豊かな気持ちが得られ、幸せだと思うのですが・・・余計なお世話でしたね。ハイハイ。
でわ。
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2009年08月29日

女の涙と男の土下座

長かった選挙戦もあと僅かな時間を残すだけ。選挙の勝敗は最後の数日間で決まると聞いたことがある。今日は朝から各候補者の選挙カーがボリュームを目一杯に上げ、『お願いします!お願いします!』と連呼しながら走り抜けて行く。
先の郵政選挙で刺客として当選した女性候補が『大変な逆風。どうか私を助けて下さい』などと、ふざけたことを言っているTVニュースを数日前に見たんだけど、助けて欲しいのは、俺達の方だ。
あんたらのでたらめな政治で、より生活が苦しくなった人がどれほどいると思っているんだ。ざけんな!
『助けてください』とか『お願いします』ってことは、自身が当選するための1票を私に下さいって言ってるんだろう。われわれ庶民の大事な権利である1票は、私たちの生活や子供・孫たちの将来を見据えて、どの政党のどの候補者に投票するかを決める。
候補者を助けるための1票じゃない。「逆風が強い」のは、あんたらの政治(政策)が、われわれ庶民に受け入れられなかった。だから「逆風」が吹いているんだよ。あんたら風に言えば「自己責任」って言うやつだね。
選挙戦終盤になると、われわれ庶民(有権者)も、候補者の泣き落し作戦に「かわいそう」にと、ついつい情にほだされ手を差し伸べてしまう傾向があるように思う。その温情が日本の政治を悪くしていることを有権者は肝に銘じたいものだ。

自己チューの舌を出しながらの『助けてください』には騙されるな!

なになにあの方が「小泉改革は大失敗で、地方を痛めつけたことは反省しなければならない」と述べ土下座したと・・・失敗を認めたなら、政治から身を引くべきだ。それが政治家だろう。
それを引き続き政権を任せろとは、虫がいいにもほどがある。どこまでバカにするつもりだ。この連中は・・・。
このようなお涙ちょうだいの「三文芝居」に騙され、大事な1票を情に流され投じてしまう人(有権者)が1人でも減ることを願う。
でわ。
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2009年08月27日

白クマは見た

気が付いたら10日間もブログを更新していない。更新できなかった(しなかった)理由は色々あるが、ブログに書くような出来事がなかったってのが一番の理由かな。それに選挙期間中に弱小拙ブログでもうかつなことを書くと公職選挙法に引っかかり、面倒なことになる可能性も0じゃないので・・・更新を渋っていた。
毎年、高校野球が終わると夏は終わったって気分になるのだが、今年は8月末に大事な総選挙を控えているためか、そんな気分にはならない。残暑も厳しく毎日暑いしね。

投票日に急な用事が出来る可能性があるので、先日、期日前投票を済ませてきた。
小選挙区に私の選挙区では4人が立候補している。1人は早大SuperFree強姦事件が起こった時に『レイプする人は、元気があっていい』と発言して前々回の選挙で落選したが、小泉「郵政民営化」ワンフレーズ選挙で、追い風に乗ったことと王者さま率いる偽宗教団体の支援で復帰するや、福田改造内閣で農林水産大臣に就任したが、事故米騒ぎのさなかに『消費者がやかましいから、徹底してやる』と言い放ち農水大臣を首になったあの方。今回も王者さまが率いる偽宗教団体からの推薦が決まった時は『○○○会に足を向けて眠れない、ありがたやありがたや』と、言ったかどうかは定かではないが・・・王者さまの代理人から推薦状を受け取る姿はもはや○○党の候補というより、王者さまにひれ伏した思考停止の○○会員と同じ顔だった。ってなワケで彼は文句なしにパス。もう1人は総裁が守護霊と会話出来ると言う新興宗教団体が急ごしらえした党の候補者。まったく眼中にないのでこの方もパス。この党は選挙用につまらない「仮想ドラマ」(参考までにリンクした。笑)を作っている。
残るのが憲法問題に曖昧な態度で、「こども病院」人工島移転には市議団の意見を尊重するとの立場で、明確な意見を述べない。マスコミが流す「政権交代」の追い風に乗り、いくぶんリードしていると報じられている女性候補と前回と前々回の得票数が15,000票にも届かない、あの「確かな野党」→「建設的野党」(どっちでもいい)に言い換えた○○党の候補者・・・この人に1票を投じることは、死に票になる可能性が限りなく高い。このどちらに投票するか最後まで迷った末、不本意ながら泣く泣くの1票を投じた。
私にとって今回ほど選択が難しい選挙は過去になかった。出来ることなら別の選挙区(東京12区など・・・がよかったなぁ。きっと燃えたぞ!)で1票を投じたかった。

比例区は迷うことなく宣言通りの党に1票を投じてきた。
それから、最高裁国民審査の審査対象者9名を、それなりに調べた上で2名に×を記し投票した。

あっそうそう、区役所での期日前投票は結構人が多くて、行列ができたほどでした。並んで 順番待ちをしていたところ、後方で携帯電話の呼び出し音が鳴ったので、振り返って見たら、列外にいた女性(50歳代?)が、その呼び出しに答えていた。投票場なんだから電源くらい切っておけよ!迷惑な人だなぁ〜と思いながら視線を外し、順番を待ったのだが、その女性、話してる内容がはっきり聞こえるほど声がでかい。『これで、今日は5人目の連れ出しとよ。夜はあと2人連れ出しの予定やけど、明日も頑張るわ。あんたも頑張りんしゃいよ。』と聞こえてきた。もしかして、これが巷に噂の○○の連れ出しかと思い再び振り向いて見ると、女性の周りにはもう2人のご婦人がいて、その話に相槌を打っていたから仲間なのだろう。彼女達の会話は続く。『明日は朝一番に○○さんちのおばあちゃんところに行って、それから○○さんちに寄ってここに連れてくる・・・』云々と得意げに話していたので、間違いなく○○の婦人部の「連れ出し」だと思う?初めてその現場を目撃した。
彼女らは○○活動としての選挙(政治)なので、なにも悪いことをしているとは思ってないし、むしろ良いことをしていると考えている。当然の行動なんだから困ったもんだ。これが結局、政治を劣化するとの認識をこれっぽっちも持ち合わせていない。しかもこの連れ出し活動に「功徳がある」と信じて疑わないのだから・・・哀れな人たちだ。彼女たちのこうした活動が無意味だと知らしめる必要がある。それには棄権などせずに投票場に足を運び、○○党以外の政党に投票すること、それが政治を浄化するための第一歩になる。
政権が交代しようとも王者さまを守るためだけに存在し、王者さまの命令1つで動く、思考停止の大集団が現状維持では日本の政治は変わらない。
なお、この記事は数日で消滅する可能性もある。
でわ。
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2009年08月15日

太平洋戦争「終結の日」

朝日新聞の社説にとると、被爆地にある長崎総合科学大学の平和文化研究所が、同大の学生を対象に行った昨年の調査で、「終戦の日」がいつかを正しく答えられたのは33.2%。15年ほど前は5〜6割台だったそうだ。
敗戦から長い時が流れ、戦争の恐ろしさや悲惨さを肌身で感じてないからと云っても、8月15日を知らない青年がこれほど多いとは・・・この数字の低さには驚く。
今日も甲子園球場では12時にサイレンが流され、球児もスタンドの観客も起立し、黙祷をしていたが、このような数字が出るってことは・・・今では、これも単に黙祷をするだけのセレモニーになってしまったのかも?
戦後生まれの人口が4分の3を占める今、私たちの周辺から、戦争体験者がいなくなり、「戦争」の恐ろしさや悲惨さを肉声では聞くことができなくなってきた。
愚かな「戦争」を2度と起こさないため、次の世代に戦争体験を語り継いで行くことが大事だ。しかし、どうやって語り継いで行けばよいのだろうか・・・。
8月のサイレン
「僕は被爆2世」とラジオの番組で明かしたミュージシャンの福山雅治さん。不惑の年を迎え、古里長崎の原風景がよみがえるという。真っ先に浮かぶ音は「8月のサイレン」だ。そんな詩を最新アルバムに添えている▲デビュー20年の記念盤は「残響」と名付けられている。振り返った半生。切ないラブソングや青春の追憶の中に海の向こうのSOSを伝える歌詞が挟まれる。「自由の名のもと/響く銃声が/何を正義に/その生命奪うのか」▲硬骨の歌は、敬愛している竹原市出身の先輩ミュージシャン浜田省吾さん(56)の世界と響き合う。東西冷戦を「権力(ちから)と権力のシーソーゲーム」となじり、地球レベルの危機に対し、歌による警鐘を鳴らしてきた人だ。同じ被爆2世という共感もあるのだろうか 全文
(2009年8月15日 中國新聞「天風録」)
ーー長崎市出身の歌手福山雅治さんは「長崎原爆の日」にパーソナリティを務める「福山雅治のSUZUKI Talking F.M」の冒頭「1945年8月9日に、地球上で二つしか投下されたことのない原爆の二つ目が投下された日でもあります」と語り始めた。
 続いて「僕の父親はもろに被爆しましたからね。母親も、まあ厳密に言うと被爆してることになるんですよね。だから僕は被爆2世ということになるんです」と話した。
 最後に「いつの世も争いごとというものはなくならず存在するのですが、なくなることこそが人間のみが持ち得る能力の到達点なのではないかと思います。『争わない』ところにいつか行けるといい」と結んだ。ーー
お産で諦めたが、娘も行きたいと言っていた「福岡のコンサート」(8月9日)でも福山雅治さんは長崎原爆の日に触れ、「核廃絶と平和の堅持」を訴えたそうだ。
人気者のタレントが不祥事を起こせば、社会に大きな悪影響を与えると言うなら。彼のような若者たちに人気のあるミュージシャンが、「核廃絶と平和の堅持」を訴えたることも社会に大きな影響を与える。これからも積極的に「核廃絶と平和の堅持」を訴えて欲しい。
ジャーナリストで評論家の秋山ちえ子さんは毎年8月15日に、TBSラジオの生放送で「かわいそうなぞう」を朗読してきた。その番組は平日だけの放送なので、今年はきのう朗読した。
▼1968年に始めた。毎年聴いて思いを新たにする人が大勢いる。福岡などでは聴くことはできない。昨年、CDができた。「小学生、中学生に聴いていただきたいと思っております」と秋山さん▼〈太平洋戦争のころ、上野動物園に3頭のゾウがいました〉で始まる。戦争がだんだん大きく広がり東京は空襲にさらされた。おりが破れてライオンやトラなどが町なかで暴れることを恐れた当局は、毒殺を命じた 全文
(2009年8月15日 西日本新聞「春秋」)
このゾウの話しをこどものころ映画で見た記憶がある。白黒で題名は確か「上野動物園物語」だったかな?福岡の動物園でも同じ様なことがあったそうだ。福岡市民の憩いの場所、大濠公園の池の中央に浮かぶ「浮見堂」は、もともと福岡市動物園にあったそうだ。
戦前、福岡の動物園は東公園にあり、「浮見堂」はその正門近くのオットセイ池に建っていたらしいです。
戦況が悪化した昭和19年5月、動物園は閉園を余儀なくされ、飼育されていた動物は空襲でオリが破壊されて動物が逃げ出したら、市民が危険だと射殺処分したそうだ。
飼育舎などの建物は取り壊したが、「浮見堂」はもったいないということで取り壊されずに残された。戦後、動物園跡に住宅や中学校が建設されることが決まったとき、大濠公園に移築されたそうです。
戦争は人間だけでなく動物の「命」も容赦なく奪い、地球環境も破壊する。人間にとって何も良いことがない。それなのに戦争はなくならない・・・なぜ、なくならないのでしょうね。「戦争」は儲かるビジネスと考える人と、「戦争」で国家の利益を守れると信じているバカな人がいるからでしょうね。
「戦争も核廃絶」も、私たちの意思いかんによって決定できる問題だと思うのだが・・・。

■中國新聞 社説「終戦の日 語り継ぐ重みは増した」
■西日本新聞 社説「64回目の「終戦の日」 体験を受け継いでいくために」

NHKが進めているプロジェクト「戦争証言アーカイブス」の「トライアルサイト」が、13日から利用開始となっています。
NHKが過去に放送した「戦争を語り継ごう」関連番組が、キーワード、地図、年表、所属・組織で検索をして視聴できます。戦争体験者の生々しい話しが聞けますので、アクセスして見ては。
でわ。
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2009年08月12日

あの日も暑かった

1985年8月12日、日本航空のジャンボ機が群馬県上野村の御巣鷹山に墜落。乗員・乗客520人が死亡するというわが国航空史上最悪の惨事となったあの事故から24年が経った。

毎年8月12日が来ると、あの事故をつい最近のことの様に思い出す。当時私は従業員十数名の倒産寸前の零細企業で働いていた。
あの日の福岡は今日と同じ様に蒸し暑かったな〜ぁ。会社はお盆休に入っていたが、休み明けに納品しなければならない仕事が残っていたので1人出社し、ラジオを聴きながら仕事していた。そのラジオから『羽田を出発した大阪行き日航ジャンボ機の機影がレーダーから消えた』と短い臨時ニュースが19時30分ごろ流れた。まだ福岡発羽田行き日本航空が着陸時に失速して東京湾に墜落した「日本航空羽田沖墜落事故」が鮮明に記憶に残っていたので『また日航が事故を?』と、嫌な予感はしたが・・・この時点では、こんなに悲惨な大事故になっているとは思わなかった。
524人もの乗客乗員が搭乗し、御巣鷹山に墜落したと報じられたのは、だいぶ時間が経過してからだと記憶している。
次の日は朝から、各TV局が特別番組を組み詳細を報じ、奇跡的に生存していた少女が救助隊員に抱きかかえられ、ヘリに引き上げられる場面は繰り返し放送された。
この奇跡的な救出劇映像を目の当たりにし、この世には『奇跡』ってものが本当にあるんだと感動したものだ。しかし、その後の心無いマスコミが執拗に少女を追い回す報道には辟易とした。
マスコミは取材対象相手が強者の時は必要以上にヨイショするが、相手が弱者と見るや正義面して「報道の自由・取材の自由」を大義名分に人権を無視し徹底的に虐める。この姿勢は、あの頃も今もチッとも変わらない。むしろ視聴率至上主義が進み、益々えげつなく、卑しい報道合戦を繰り広げている。
金儲けには熱心だが、真実を国民に伝える努力はしない。そんな権力の宣伝機関と化した今のマスコミに「報道の自由・取材の自由」を口にする資格があるとは思えない。

いま彼女は幸せに暮らしているのだろうか・・・2度とこの様な悲惨な事故が起こらないことを願う。亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
でわ。


1985年11月リリースのアルバム「T's BALLAD」に収録された「RAMP IN」は、「日航ジャンボ機墜落事故」で亡くなられた方々に捧げた曲であると角松敏生自身が語っています。

T’s BALLAD

T’s BALLAD

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: BMGビクター
  • 発売日: 1994/12/16
  • メディア: CD


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2009年08月09日

進む「風化」

8月9日は長崎の原爆投下の日です。西日本新聞の投稿欄「こだま」はテーマ特集「'09ナガサキ」だった。
その中に「原爆資料館の観光地憂う」と云う投稿があった。投稿者は原爆資料館の駐車場で整理員をなさっている方。
この仕事に就くまでは知人が長崎を訪れた折には、観光地の1つとして原爆資料館を案内していた。しかし、資料館は単なる観光地ではない、おろかな核兵器を地球上からなくし、二度とあの過ちを起こさないためのモニュメントであると、気付いたそうだ。
最後の部分ダケを紹介します。
――多くの観光客が車でこられる。時間の余裕があるときは原爆資料館の正面玄関の階段をおりると、原爆落下中心地の爆心地公園があり、信号を渡って階段を上がると平和公園まで徒歩で行けますと案内する。
が、なかには「ここに平和祈念像はないの」と聞いて立ち去る人がいる。ここは物見遊山で来るところではない。原爆投下されたあの日から64年を迎えた今、原爆の恐怖が薄らいでいるのか資料館が観光地化された気もする。――
2年前に長崎原爆資料館を訪れたとき、団体さんが来館していた。時間の制約があるのだろうが、説明書きを読むでもなく、展示物の前をゾロゾロと通り抜ける一団に遭遇した。確かに物見遊山(それが悪いとは言わないが)って感じはした。
「ノーモア広島・長崎」を世界に訴える日本だが・・・64年が経過した今、「原爆投下」を実際に体験した人たちはどんどん減り、平和の尊さを実感しにくい社会で、想像以上に「風化」は進んでいるのかも知れない。
戦争を知らない世代の私だが、「核兵器」がもたらした被爆者たちの苦しみや願いを、子や孫に伝えて行かなければと、強く思う。

西日本新聞に7月15日〜7月20日まで連載された「64年目の肖像 ナガサキ・被爆者」がネットで読むことが出来る。リンクして置きます。
でわ。
「64年目の肖像 ナガサキ・被爆者 1」祈る

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2009年08月07日

素朴な希望が叶えられる「日本」に

1999年8月7日に広島の備北丘陵公園で行われた浜田省吾「ON THE ROAD 2001 LET SUMMER ROCK!'99」の「青の時間」。


1999年8月・・・茨城県東海村で臨界事故があったのは、この後だったかな?あれは信じられない様な事故だった。
兄貴が東海村の隣、ひたちなか市に住んでいたので、事故をニュース知り直ぐ、どんな状況か聞くために電話を入れたら「鉄道や高速道路を含めた道路すべてが封鎖になり、事故現場から3Km以上離れているのに外出禁止だ。仕事もできない。もし人体に影響があったら、誰が保障をしてくれるんだろう」と、先行きの不安と人体への影響を心配していた。その時の兄貴の声が、つい最近の出来事のように蘇る。

「原子力」の恐ろしさを、まざまざと思い知らされた事故だった。政府や関係企業が繰り返し言っていた「施設は万全の安全対策を講じているので、安全です。」の言葉の裏では、考えられない様なズサンな作業が日常的に行われていた。
この事故で死者が2名出た。死因はいずれも、核爆発時の爆心に匹敵する線量を浴びた放射線被曝による多臓器不全だった。日本の原子力開発の『安全神話が崩れた』とマスコミ各社は報道したが、いつものように小手先だけの対策のみで、時間の経過と共に風化した。日本人は直ぐに忘れ、水に流す習性らしい。
原発でいったん事故が起きたら、想像もつかない被害をもたらすのに・・・物欲に駆られ、危険に目を背け、ひたすら原発を推進する日本。どんなに安全対策を施しても、いつか必ず人間はミスを犯し事故が起きる。日本でチェルノブイリ原発クラスの事故が起きたら・・・想像できるでしょ。

経済発展なんぞに期待しても、一部の金持ちがより金持ちになるだけで、庶民は雀の涙ほどのおこぼれを、運がよければ手にすることが出来るくらいが関の山。
少々不便になるが経済発展に使うエネルギーを減らし、原発なしでも十分に生活が維持出来る社会を創り出す『知恵と勇気』が、日本人にはあると思いたい。
高速道路より生活道路と生活を守る交通機関。自給自足と地産地消の生活。誰でも気兼ねなく受けられる医療と介護。人間らしく心豊かな人生を送りたいという、素朴な希望が叶えられる、そんな日本になって欲しい。
でわ。
posted by zundere at 20:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 平和・憲法 | 更新情報をチェックする

2009年08月06日

レコード盤で聴く「浜田省吾」

週末に山登りに出掛ける時以外はほとんど、仕事から帰宅するとすぐに食事を済ませ、寝るまでリビングに居座りTVを独占する耳さん(嫁の愛称)。
低俗な番組が多いTVなんぞ見たくもないので、TVを独占されてもなんてことないのだが・・・昨年の誕生日に娘夫婦がプレゼントしてくれたレコードプレーヤーがリビングにあり、耳さんにリビングを乗っ取られると、それを自由に使えないことでチッと困っている私。
昨夜その耳さんから「今日は会社の人たちと一緒に筑後川の花火見物に行くので、帰りが遅くなる。ご飯は冷凍してある赤飯を食べて。」と連絡が入った。
今晩はリビングを独り占め出来る「シメシメ」と思った私は、自分の部屋からお気に入りのレコード数枚を選び出し、いそいそとリビングに持ち込む。無論それはすべて浜省のレコードだ。それをテーブルの上に並べジャケットを眺めながら、ターンテーブルに乗せる順番を決めるのだが、これが結構楽しい。

針がレコード盤に接すると「シャーッ」という音がスピーカーから流れ、次の瞬間CDとはまったく違う音が、全身に心地よく響く。
レコードプレーヤーには repeat なんていう便利な機能はないし、A面を聴き終わったらB面へと、埃と傷をつけない様に慎重に裏返さなければならず、CDに比べたら面倒なんだけど、それでもレコードで聴く浜省はいつも聴いてるCDとは違った感じでとてもいい。
チンした「赤飯」を食べたり、最近めっきり弛んだ腕の筋肉を鉄アレーで鍛えながら浜省を存分に楽しんだ。選んだレコードすべてを聴き終わった頃、耳さんがご機嫌で帰宅。
次のレコード鑑賞は耳さんが山登りに出掛けるまでおあずけ。

昨日聴いたレコードの中から、1982年発表のアルバム「PROMISED LAND」〜約束の地〜の収録曲「僕と彼女と週末に」を紹介する。


この曲が発表されて既に27年が経過しているにも拘らず、浜田省吾のメッセージは薄れるどころか、むしろ現在社会にピッタリの詩だと思う。

るんるん この星が何処へ行こうとしてるのか
もう誰にもわからない
権力と権力のSee-Saw-Gameから
降りることさえできない
人は一瞬の刹那に生きる
子供は夢見ることを知らない
君を守りたい ただひとりの
君を守りたい この手で
愛を信じたい 人の心の
愛を信じたい いつの日か

「核」と「核」のシーソーゲームから、核保有国は降りられないどころか、地球上のあらゆる生命を滅亡させるだけの代物「核」は拡散する危険がある・・・愚かな人類。
サビの部分の「君」とは、世界のこどもたちを指し、次世代の「こどもたち」を「守りたい」「愛を信じたい」と願う浜田省吾の気持ちが込められた言葉だと思う。途中の台詞部分も含めじっくりと聴いて欲しい。
ヒロシマ「原爆の日」に改めて思う・・・戦争(核)から「こどもたちを守りたい」と。
でわ。

PROMISED LAND~約束の地

PROMISED LAND~約束の地

  • アーティスト: 浜田省吾,浜田省吾,水谷公生
  • 出版社/メーカー: ソニーレコード
  • 発売日: 1999/09/08
  • メディア: CD



■櫻井和寿くんが歌う「僕と彼女と週末に」

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2009年07月31日

核廃絶に待ったをかける「日本」

8月6日広島、9日長崎「原爆の日」を間近に控えたこの時期に・・・信じがたい情報がある。
オバマ大統領の核廃絶の実現を阻んでいるのは、唯一の被爆国「日本」だと云う。「憂慮する科学者同盟(UCS)」の警告をUCSメンバーのグレゴリー・カラキーさんから日本国民に向けたメッセージビデオがYou Tubeにアップされています。

メッセージ内容は、以下のとおり。

「アメリカは、外交政策の基本として、『核態勢見直し(NPR)』に入っており、重要な局面を迎えている。アメリカは、9月から10月に新しい核政策を決定しようとしているが、米政府部内、国務省、国防総省、国家安全保障会議のメンバー、特にアジア専門家の間に、オバマ氏の構想に反対の人たちがいる。
その理由は、日本政府の『懸念』。日本の外務省、防衛省など安保外交政策を担当する官僚が、『米政府は核政策を転換しないように』と訴えている。
人類史上初めて核兵器の攻撃を受けた国の政府が核政策の転換に反対するのは、皮肉であり悲劇だ。日本国民は、オバマ氏の核廃絶ビジョンを支持する声をあげてほしい。」


この国の「政府」は、アメリカが本当に「核」を放棄しては困ると、考えているようだ。
歴代総理がが毎年、被爆して亡くなった人々に黙とうを捧げながら「唯一の被爆国として核のない世界を!」などと言っているのは「アメリカの核の傘」に守られているからの詭弁なのか。
日本は率先して、各国に核兵器保有と核抑止、核先制使用を批判し、「核撤廃」にむけて政策転換を強く求める。それが1つの爆弾で無差別に数十万人の命を奪い、後々まで後遺症を残す大量破壊兵器「核」の恐ろしさを経験した、唯一の被爆国「日本」に与えられた使命だろう!
来る総選挙で真の「非核の政府」が樹立することを強く強く願う。
posted by zundere at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 平和・憲法 | 更新情報をチェックする